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ふと気が付けば、“勘違い”なブログをつけ始めてから2年の月日が経過した。
振り返ると、この2年は私にとってはわりかしハードな2年だったと思う。 そして、先日電車に乗っているとき、 ふっと、心の底からほっこりほっこり暖かい気持ちが沸いてきた。 そして、同時に 「もう、私はそんなに勘違いしてないかもなぁ。」 と思った。 なんとなく、一山越えたんだろうなぁ。 私が一番勘違いしていたこと。 それは多分 「自分は幸せになってはいけないんだ。不幸になるために生まれてきたんだ。」ということ。 でも本当は幸せはいつでも自分の中にあったんだなぁ。 さようなら。勘違いブログ。 沢山沢山自分と話し合うことができた気がする。 2年間本当にありがとう。さようなら。 # by kiyoko1218 | 2006-11-01 21:41
刷り直しの社内報をやっとこさ、配り終えた。
インタビューの原稿を起こした。 プチ一山越えたかも。 今日インタビューさせていただきながらなんだかお話が染みて、途中でうるっと来てしまった。。いいご夫婦だ。 # by kiyoko1218 | 2006-10-24 18:51
昨日、電車にのりながら、
Tさんからお借りした市村清さんの講演カセットテープ 「苦難に直面して」 を聞きながら帰ってきた。 豪傑エピソードとは裏腹に、穏やかで淡々とした声に、 うつらうつらしていたが、途中、昭和四十年、R社が無配に転じた際の下りは思わず聞き入ってしまった。 経営の神様とちやほやされ、 知らず知らずのうちいつしか自分の中にもおごりがでてきていたのかもしれない。 そんなころ立て続けに6つも7つも苦難が襲って来た。 夜眠れなくなった。 やむなく睡眠薬に手を出すが、少量では眠れず多量摂取して胃腸を壊す。 やむなくきつい酒に切り換えるも、これまた多量に摂取するうち、とうとう出血が始まった。 市村さんはそのとき 「私はこれまで数々の苦難に直面し、精神力で乗り切って来たが、 健康を害しては、乗り越えられない。」 と思い知った。 薬や酒に頼ってはならん。どうしたらいいんだろう。 悶々と眠れない日が続いたある夜、ふと硫黄島で玉砕した若者たちが 頭に思い浮かんだ。 孤島に閉じ込められ、火炎放射機に焼かれ、未来ある若者たちが 何万人と玉砕していった。 「私は好きなときに酒も飲めるし、夜ベットでも眠れる。ありがたいことじゃないか。」 次第に眠れるようになっていった。 その後、様々な取り組みを経て、 R社は2年後、奇跡的に回復した。 市村さんが亡くなったのは、それから1年後のことだった。 ■講演を聞いて感じたこと ・精神力が強くても、健康を害すと踏ん張れない。 ・何かをする場合、精神的なことと同時に具体的なこと、両輪が必要だ。 ・自分の行いをきちんと清算してから亡くなったんだなぁと思った。 # by kiyoko1218 | 2006-10-24 08:41
自分がある方向を求めると、必要な情報が、いろんな人から教えてもらえる。
こういうのって本当にありがたいなぁと思う。 昨日疲労困憊状態で打ち合わせして、どんな本を作りたいか、かなりはっきり イメージができた。仕事でやってることと、仕事外でやってきたこと、仕事外でやってることが 三つ巴になって、ひとつの方向に向いていっているのがうれしい。 一緒につきあってくれているTさんとかMとかHちゃんとか、ほんとありがたいなぁって 思う。 私がやりたことって、21歳のころから全然変わってないんだなぁって再認識した。 何か1つのことを人と協働で作って、それを見た人とかになんか感じてもらいたいなぁ って思う。 けど、そのために、今、毒だしもしたいなぁ。持続可能に自分をもっていきたい。 そんな時期なんで、ときどきありえんくらい暗くなるけど、まぁ、いつも、その先に 青空があるっていうのは、ぼんやりわかる。とにかく人に恵まれているのが ありがたいなぁとおもう。 ふぅ。 金曜日に携帯から投稿した内容がうまく反映されていないようなので、 記録しておきたいし、再投稿することにした。 ------------------------------------------------- (金曜日分) 昨日、仕事が終わってから社内報勉強会に参加した。 前からこの先生から教わりたいと思っていた方が担当で嬉しかった。 その方は二十六年社内報を作って独立された方だ。 最初担当になったとき、社長に 「編集のプロも多いこの会社でなぜ素人の私なんですか。」と聞いた。 「あたなは会社のことをよく知っている。そして、人のことをよく知っているからです。」 返事が返ってきた。 折角そこを評価していただいたのだから、 とことんやってみよう。 人事部に行き、四百名強(当時)の社員の家族構成、趣味などを丸暗記した。 そうするうちに 「人間を中心にやらないと面白くない。」 ということに気付く。 社員のことを良く知ると良いつながりができる。 あの人のために頑張りたい。 どんどん奥行きが増して行く。 この経験はお金で買えない自分の財産だな、 自分のためにできる仕事だな、 それならば伝える技術を身に着けよう。 仕事後、夜な夜な自腹で学校に通いデザインやらコピーライティングの勉強をした。 まだ会社が若く異動がはげしいはずなのに二十六年、自己申告書すら渡されなかった。 社長に一度聞いたことがある。 「私にも自己申告書かかせてくださいよ。」 「僕も、書きたいくらいだ。」 冗談まじりの返事が返って来た。 「社内報は喜んでもらえることはあっても決して恨まれる仕事ではない。」 「誰に書いていいか混乱したときは、一人の人をいつも思いうかべた。その人に あててお手紙を書いているみたいな気持ちで書くと、良い記事が書けた。」 今、その方は社内報づくりをサポートする会社を立ち上げている。 社内報はもはやライフワークになりつつある。 ■話を聞いていて感じたこと ・思いがまず最初にあってそれを伝えたいと思うから技術も身に付けたくなった。 ・その方にとってのライフワークは目の前の仕事を深めていった先につながっていった。 ・何かを伝えたいと思ったらそのことをよく知る必要がある。 ・経験に基づいた話は染みる。 ・社長は人を、人を会社を知っている人を社内報担当者に人選した点と、期待に答えて一心にがんばるその人を担当から変えない(だから余計に頑張ろうと思う)という点で、見る目・人を動かすセンスがある人だったんだなぁ。 # by kiyoko1218 | 2006-10-22 15:38
昨日は終日取材で外出。うちの会社を中心として開催されている業界勉強会。内容の充実度から業界でも評価が高いらしい。会場は三月横トリのシンポジウムをやった会場と同じで不思議な感じがした。
司会をやっていたMさんは前にうちの会社で受付をされていた。横トリを教えてもらったのもMさんからだった。 Mさんは明るくてやさしいので司会にもそういう部分がにじみ出ていてとても良かったと思う。昔からMさんが妙に好きだ。 ○ 今日は会社の方々とのバーベキュー。二年前初めてバーベキューを計画したときは、終わった後、燃え尽きてしまったので今回はあまり無理しないでやることにしようと思っていた。一度やっていたのもあって、今回は随分楽だった。車を出してくださったり一緒に計画を練ってくださったり買い出しを一緒にいってくださったりもんじゃややきそば、麻婆豆腐、ありがたいなぁと思った。 ○ そして、これから本の打ち合わせ。ふ~。なんだか、体の芯から疲れたなぁ。 # by kiyoko1218 | 2006-10-21 19:59
昨日は結婚丸二年で、おうちでささやかなお祝いをした。
よく二年もいてくれたねと言ったら、そっちこそ、と言われてちょっとほっとした。 でも出会ってから五年、ほんとによく一緒にいてくれたなぁと思う。 私は二十一までは母に愛されたくて必要とされたくていつもいつも寂しくて苦しくてしょうがなかったし、二十一以降は大好きな親友の自殺を止められなかった、許せない、だから役に立たねばならないという脅迫観念に囚われた、キリキリとした生き方で、近くにいた相棒もきつかったんじゃないかなと思うから。 最近、人生の第二フェーズのまとめ期につらつらうかんでくる言葉が、シフトチェンジという単語。 シフトチェンジまであと少し時間かかりそうだけど緩やかに何かが変わって行っている気がする。 この二年狂ったようにブログにぶつけて来た思いが、次第にハッキリしつつある。 でもほんと相棒と会えて良かった。私は初めて相棒と会ったとき、今までどこかでボキっと折れて人生を放棄しなくてよかった~って心から思った。あの時の気持ちをときどき思いだすと心がほかほかする。 # by kiyoko1218 | 2006-10-19 08:10
昨晩は土浦まで花火大会を観にいった。年に一回行われる花火師たちの競技大会で、来年の新作が競われるらしい。日本3大花火大会らしく、駅には人が溢れかえっていた。
花火大会は、本当に素晴らしく、はるばる土浦まで行ってよかったなぁと思った。来年の花火の傾向は上がる軌道にもいろいろと工夫が凝らされているものらしい? # by kiyoko1218 | 2006-10-15 10:26
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